10月02日(木) 更新![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
ご挨拶
2004年WEB開設以来、インターネットでの作品紹介をさせて頂いております。
本来やきものは五感を研ぎ澄まし、自身の感性に合った作品を手にお取り頂きお求めに
なられるものと考えております。そうした中で、謙信庵サイトをご理解頂き、今まで多数の
御引き合いを賜わりましたことに、重ねまして深く御礼を申し上げます。
また、WEB開設以来、ご遠方よりご来店下さいましたお客様にも厚く感謝申し上げます。
WEBでの販売は私にとりまして今まで試行錯誤しながら進めてきました。今後も同様でございます。
何分行き届かぬ点などもあろうかと存じますが、誠実に精一杯ご対応させていただきます。
どうか何卒よろしくお願い申し上げます。
現在、謙信庵では備前以外の作家も柔軟に取り入れ、特に焼締陶を中心とした伝統ある信楽や
伊賀など、より幅広く現代陶芸の魅力をご紹介させて頂いております。
そして何より作家が一つ一つ思いを込めて作られた作品を、より価値あるものとして皆様にご高覧
頂けますよう、これからも努力して参ります。どの様な作品も価格差はあれど優劣ではなく、
平等にこの世に誕生し、個々それぞれの魅力を備えております。そのような見地に立ちながら、
弊店サイトをご高覧頂けましたなら、作家も私共もこの上ない幸せでございます。
きっと新たな発見や、作家の思いが見えてくることでしょう。どんな作品であっても手にした方に
よって品格が備わると申します。やがてそれは正に器があなた様に語り始める時とになり、
お互いになくてはならない存在へと発展していくことでしょう。
使い手のお客様から作家が見えるような、また逆に作家からも器を使うお客様が見えるような、
そんなギャラリーを目指しています。
皆様がそれぞれお持ちの自由で豊富な感性で掲載作品をご高覧頂けましたなら幸いです。
作品達の中に、良い出会いがございますことを願っております。
今後とも変らぬご愛顧を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
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春日山林泉寺
ギャラリーのあるここ新潟県上越市は戦国時代の名将 「上杉謙信」 ゆかりの地です。近くにある春日山城で
謙信公は生まれました。謙信公は12年間にわたり五回出陣し、信州 武田信玄と戦いました。その中でも激戦と
言われた第四回川中島の合戦では、信玄との一騎打ちもあったとも伝えられております。その戦いの結末は両者
譲らず決着がつかなかったと言われています。
『名将言行録』という著書の中に謙信公は、「勇敢、無欲、清浄、廉潔、明敏、器量広く、慈悲深く、
少しも隠すところがない。戦国の世には、ありがたき名将である。」 と謙信公の人柄が記されております。
謙信公は、義を重んじ正義感の強い戦国時代の名将であったのです。また、敵将の信玄に対し、内陸の信州信濃の
塩不足を聞きつけ、敵対関係の中でも塩を贈ったといわれ、美談としてもかたり継がれております。その陸路が現在の
長野県白馬を通る【塩の道】としてその名が残されてきました。
天正2年(1574)に、織田信長は謙信との同盟関係を維持しようと、狩野永徳筆の「洛中洛外図屏風」を謙信に贈答し
機嫌をとったと言われています。 それほど名将謙信は一目置かれる存在であったのです。
越後の龍 上杉謙信 名言ご紹介 「 第一義 」
「人の落ち目を見て攻め取るは、本意ならぬことなり」
「四十九年 一睡の夢、一期の栄華、一盃の酒」
店舗詳細などは下記よりご参照下さいませ。
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